ああ、家族

2009年9月14日 (月)

かじばばのいやすぎるプレッシャー

2月にかじじじが亡くなってからすっかり元気のなかったかじばばがちょっとずつ元気になってきているようだ。
以前は電話の声も「あーこりゃ弱ってるわ」という声だったものが、最近は大分声にハリが戻ってきた。一緒に住んでいる両親はもちろんのこと、かじばばをいつも気にかけてくれている親戚や近所の方たちのおかげだと思う。ありがたい。

でもまあ元気を取り戻してくると当然口数も取り戻してくるわけで、そこはやはりかじわら家最強の生物だけのことはあるというか、今までは「元気でな。旦那君と仲良くな」ぐらいなもんですんでたものが(しかも涙声)、やれ旦那は元気か子供はまだか早く作れすぐ作れなんなら今産めぐらいの勢いで、もうそれしか言わなくなってきた。元 気 に な っ た ら な っ た で め ん ど く さ い 。
「死ぬ前にかじ子の子供を見たい」
とか年寄りみたいなこと言ってるけど(いや実際年寄りなんだけど)、この人は昔から「かじ子が小学校あがるまでは」と言っていたのが「成人するまでは」になり、「結婚するまでは」になって今に至っている人なので、そのへんはたぶん心配ないだろう。そんなことより

「私の楽しみなんてもうそれしかないんだから」


ってばーさん、
も う 一 人 の 孫 未 婚 だ ろ う 。
かじ太郎の結婚にも少しは興味を持ってくれ。

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2009年8月 7日 (金)

かじばば浴衣と三浦の花火

夫の地元の花火大会に行ってきた。
以前から夫と夫のパパママはこの花火大会への想い並々ならず、しかも花火はなんと夫の実家のベランダ真正面に上がると聞いては妻も黙ってはいられない。
ただ、残念なのは毎年開催が平日なので、去年は夫の仕事が忙しすぎて見に行けなかった。
というわけで、今年こそはと妻は有休、夫は一週間前からの根回しが見事功を奏して半休を取ることに成功。夫婦初の花火大会に向けて、張り切って浴衣まで引っ張り出したのだった。わーい浴衣でお出かけだ。

Cimg3676

夫の浴衣は、去年かじばばが孫娘がようやく片付いた喜びのあまり、“片付き先”の夫のために縫ってくれたものだ。ちなみに実の孫のかじ太郎には一枚も縫っていないのだからかじばばの孫娘婿への愛情たるや。もちろん、妻の浴衣も10年以上前にやはりかじばばが縫ってくれたもの。妻はこの今時感のまるでないトラディショナルな藍色の浴衣がとても好きなのだった。かじばばは何かとすごいばーさんなのだ。かじばば、かじ太郎にも浴衣を。そしてあわよくば私にもあと1,2着。

浴衣デートだーと浮かれたものの、妻は帯をお文庫にしか結べないので夫が浴衣を着るにあたって「しまった!妻貝の口結び方しらない!」と焦ったんだけど、そこはかじばば。実にもう心得たもので、夫の帯は黒の兵児帯を用意してくれていたのだった。ナイス。かじばば超ナイス。
兵児帯は女子供のかわいいイメージしかなかったんだけど、男物の渋い浴衣に黒の帯を合わせると、これが実に違和感なくかっこよいのだった。す、すごいよかじばば!ありがとう!
ちなみにかじわらは年も考えずあつかましく文庫を結ってでかけた。これしかできないんだからしょうがないだろ!
そして妻と夫は夕方の買出しで賑わう地元の商店街を場違いに浴衣でねり歩き、通りすがりのおばちゃんに「お似合いだねーぇ!」と機嫌よく声をかけられて、すっかり気を良くして意気揚々と赤い電車に乗って三浦海岸を目指したのだった。

心配していた天気はよっこらせと持ち直して、多少雲が重くてハラハラしたけど花火はめでたく決行。
それを夫と夫のパパママと4人でベランダに並んで眺めるというシアワセ。ほんとうに降ってきそうなほどの距離で妻大興奮。水面で上がる仕掛け花火を妻は初めて見た。
こんなに近くて、こんなに空いてて(当たり前だ)、しかも対岸の千葉の花火も遠ぉーくに見えて、なんという贅沢な花火大会だろうとすっかりご満悦だったら、なんと花火大会が終わった直後に雲が切れてほぼ満月(ギリ満月ではない)の月が顔を出して、ちょっとだけお月見のおまけまで付いたのだった。

夫と一緒に浴衣でお出かけして、パパママと一緒にご飯を食べて、花火を見て、大満足の妻と夫は「明日休みだったらなあ~~~(T□T)」と泣き言を言いながら、いつになく遅くまで混んでいる赤い電車に乗ってとぼとぼと愛しの我が家(賃貸)に帰って行ったのだった。
三浦の花火大会は資金難で今年限りといううわさもあるらしい。来年以降も続いてくれますように。

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2009年4月25日 (土)

かじじじの遠征

私は霊は見たことがないけど、たとえば「夢枕に立つ」的なことは、「あるんじゃないそういうことも」ぐらいには思っていて。
で、これは2月にかじじじが亡くなった時のおはなし。

実家のかじじじが亡くなった時、かじ母はすぐにうちと、弟のうちと、横浜の伯父の家に電話をしている。
電話で知らせを受けた横浜の伯父の家では、急に部屋の電気がびかびか点滅して、おばがすごくびっくりしたらしい。
お通夜の前にそんな話を家族でしていて、「お父さん(かじじじ)来てたのかもね」なんて言ったら、おじさんは「じゃあなんで息子のいる部屋じゃなくて奥さんがいた部屋なんだ」と憮然と言った。そりゃおじさん、60過ぎてすっかりハゲた息子より、50代でも今でもきれいな嫁の方がじーさんだってよかろうさ。
それにしても何だ。私のうちと弟のうちではそうした異常はまるでなく、どうやらじーさんにスルーされた模様。
仙台から横浜まで行ったんだったらその途中で寄るぐらいのことできただろうに何孫の家は端折ってくれてんだ。

かじ母に「おじーちゃん、引っ越してから行ったことなかったからわかんなかったんじゃない?」と言われて、そう言えばそうだなあと納得。
くれぐれも昔住んでたアパートにうっかり出没して今住んでる人を驚かせていないといい。

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2009年4月12日 (日)

移籍した途端勝った男

野球ばなしが続いて恐縮ですが
楽天からヤクルトに出された一場が初勝利したとか何だとか。あらま。

これは去年、一場がふつーに楽天のお荷物だった頃のお話。
かじ父は大して興味もないくせに「一場が勝たないなあああ」と、よりによって誰が投げても勝たない横浜ファンの夫の前で贅沢なことをぼやいたら、夫は「しょせん裏金野郎です。」と割と酷なことをさらりと言った。
それを聞いたかじ父はすっかり苦笑いで「ま、いっか」的な気分になったらしく、「確かに裏金問題はねえ」なんて言い出したら、夫は「…横浜も渡してたのに来てくれませんでした。」とぽそりと言ったら妻の両親は大爆笑で、ますます楽天の一回や二回の勝った負けたなんてどうでもよくなったのだった。
現実的にさーっぱり勝たないチームのファンの前で贅沢な悩みだと気付いたらしい。

ちなみに夫は今日の一場の初勝利にも
「ま、相手が横浜だからな。」とまたしてもすっかりやさぐれていた。


横浜さん、ファンにまでこんなこと言われてますよ。
がんば。

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2009年4月 5日 (日)

容赦なし。

おねーちゃんのいる彼氏と付き合ってる友達に聞くと、やっぱり「お義姉さま」ってのはめんどくさいという話だし、それでなくても私自身ががこういう体たらくなので、弟に関しては「酒飲みのねーちゃんがいることはぎりぎりまで隠しておいた方がよい」と確かに思っているのだけれども。→(参照。よろしければ。)

以前かじ太郎と飲んだ時、えらそうに「かじ太もさ、おねーちゃんみたいなねーちゃんがいることはぎりぎりまで言わないどいた方がいいよ。うんうん。」と言ってあげたらばあろうことか「言ってないよ。」と即答されて、おねーちゃんさすがにショック。おねーちゃんの夫さん(弟から見たら年下のお義兄ちゃん)は苦笑い。

弟よもうちょっと言い方ってもんがあるだろう。
かじ太はそういうところがいけないんだとねーちゃん思うよ!!(←負け犬の遠吠え)

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2009年3月22日 (日)

小僧参上

髪を切りに行った夫が坊主になって帰って来た。おおおお。
ど こ か ら 見 て も 小 僧 さ ん 。

面白かったので携帯で写真撮って両親に送ったら、かじ母は「修行僧?」と笑い、
頭のさびしいかじ父は
「 髪 が あ れ ば こ そ の 贅 沢 だ よ な 。」 とつぶやいたのだった。

ちなみにお父さん、「坊主は何かあったのか」とご心配いただいたとのことですが、娘の夫の坊主は仕事の失敗の落とし前でもなければ、何かしら他の理由の懺悔でもなく、あくまで趣味の坊主です。心配しないでください。

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2009年2月25日 (水)

かじじじ

100までは堅いと誰もが思っていた実家のかじじじが亡くなった。
絵にかいたようなかくしゃくたるじーさんで92歳で最後までボケもせず、自転車で医者に通い、書道に親しみ、長く患うわけでもなく、最期苦しむこともなかったらしい。突然の報せにびっくりしてしまったけど、かじじじらしからぬあっさりとしたその最期は、あっぱれな大往生と言っていいんだと思う。

60代の伯父はまじめな顔で「てっきり俺の方が先だと思ってたけどなあ」とぽつりと言った。
おじさん、
実はそれ 孫 も ち ょ っ と 思 っ て た 。

通夜の日、お焼香に並んでくれている人の多さにぐっと来た。かじじじの訃報は誰にとっても突然の出来事だったけど、92まで元気だった人の通夜の席は、悲しいながらも悲壮感がなくて救われる。
陽気で頑固ですっとぼけたじーさまだったけど、かじじじ、愛されていたね。

かじじじ、おつかれさま。
今までありがとう。元気でね!

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2009年2月16日 (月)

きのこだけ

夫のパパとママが我が家に遊びに来てくれた。
さあ嫁、ここは張り切りどころだ。掃除と料理!掃除と料理!

パパもママも部屋を気に入ってくれて私たちは一安心。まあ、賃貸だけどな。
うちにある大量のぬいぐるみのみなさんを見て引かれてしまったらどうしようと思っていたけど、懐の深いママは黙認してくれたのだった。よかった。


夫ママ 「あれ?ところであれは?キノコダケは?

き の こ だ け (・_・)?
何のことだかわからず嫁フリーズ。そしたら夫が

夫    「ドコモダケだろ。キノコダケじゃきのこだらけじゃないか。」


なんでわかったんだ。すごいな親子。


ドコモダケは独身の頃から夫が部屋にいっぱい置いてたものをそのまま一緒に連れて来た。
うさぎ(のぬいぐるみ)が妻の連れ子であるように、ドコモダケは夫の連れ子なのだ。

大丈夫ですお母さん。ドコモダケならちの玄関先に今もいっぱい生えてます。

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ほらね。

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うさぎとも共存。
食べられる心配もないでしょう。たぶん。


これだけドコモダケ生やしといて家族全員auユーザーという軽い裏切り。実はどアウェーのドコモダケ。がんば。

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2009年2月13日 (金)

かじ父の無理難題

かじばばにひざ掛けを編んでくれたお礼にポストカードにへったくそなイラストを書いてお礼状を送ったら、実家の家族に思いのほかウケたらしくてわざわざ電話が来た。単に親バカなのかも知れない。

かじ父 「ああいうカードもたまにはいいもんだな~。」
かじ子 「あ、そうおー?ウケたみたいでよかったー(^^)」
かじ父 「今度は私とお母ちゃんをモデルにかわいいのをかいてもらえないかい?」
     (注:今回は夫とかじ子の絵をかいて送った。もちろん似ていない)
かじ子 「お父さんと?お母さんを?かわいく??
      お二人がモデルでそれはちょっと難しいなああ
かじ父 「あそっか。やっぱりどうしても美しくなっちゃうか


厚かましいにも程があるよダディ( ̄  ̄;)

ちなみにかじわらは基本、誰をかいても同じ顔だ。

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2009年2月11日 (水)

かじばばひざ掛け

実家のかじばばがうち用にひざ掛けを編んでくれた。

かじばばは昔から器用で春~秋は和裁、冬は編物で長年小遣いを稼いできたつわもの。
かじばばの編物は模様編みとかもすごく凝ってて素敵なんだけど、いかんせんセンスが年寄りなので色の組み合わせと服の丈やらラインが致命的。なので編んでもらったマフラーはずっと使ってるけど、セーターはちょっと着れない。
「ばーさま今時そのラインはないよ」と言っても、「セーターとはこういうものだ」という確固たる信念があるのか一向に伝わらない。そして色が地味。とにかく地味
ばーさま、何度も言うようだけどばーさまはもっと派手な色を着たほうがいいよ。

そんなかじばば、余った毛糸で編んだというひざ掛けがとてもかわいらしかったので、「うちにも編んでー」と頼んだら、すごく喜んで驚異的な速さで編み上げてくれた。すごいぞ大正生まれ!

かじばばの力作ひざかけ
  ↓
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あれ。かわいい…。

かじばばの色彩センスにはまったく期待してなかったので、きっと地っ味~~~なのが届くだろうなあと思ってたのに、こんなかわいらしいひざ掛けが届いてかじ子びっくり。す、すごいよかじばば!孫超お気に入りだよ!!

でもこれのサイズを伝えるのも大変だったんだこれがまた。
かじばばにとって「ひざかけ」とは「自分が座椅子に正座している時にひざにかけるためのもの」らしく、一般的なひざかけに比べて異常に小さい。大体かじばば自体が目印になるほどちっちゃいばーちゃんなので、そのちっちゃいばーちゃん一人用のひざかけたるや座布団ぐらいの大きさしかない。
というわけで「もっと大きなのがほしい」と伝えるものの、かじばばは5cm10cmの単位で「じゃあこれぐらい?」と言うので「いやもっと」「じゃあこれぐらい?」の繰り返し。そしてだんだん「私は一体何を編めばいいのか」と戸惑うかじばば。手ごろなブランケットがあれば「これこれ」と言えたんだけど、伝えきれない孫も悪い。
結局かじ母に「いいのよ、かじ子たちはソファに座って二人で使うんだから大きくても」と言われたのが一番わかりやすかったらしく、ようやく丸くおさまった。かじ母ファインプレー。
届いたひざかけはちょうどブランケット大の大きさで超ビンゴ。
かじ母の一言がなかったらコタツかけぐらいのやつが来ていたかもしれない。あぶないところだった。

というわけでがんばってかわいいのを編んでくれたかじばばに、孫はお礼に手書きイラスト入りのポストカードを送ったのだった。(誰、今「安くあげたな」って言った奴)
かじばば、ありがとね~~~♪

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ぼくらも使ってます。

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2009年1月 5日 (月)

ぼくたちのふゆやすみ

今年のお正月は夫と一緒に私の実家で過ごした。
夫のパパとママがお正月もお仕事というのもあったんだけど、「いいからかじちゃんちに帰りなさい」というママの言葉にまんまと甘えさせて頂くことに。旦那さんの実家で過ごすという職場の先輩には遠ーぉい目で「いいねーうまくやったねえええ」と言われてかじ子困惑。そ、そんな。
そんなわけで寒さに弱い夫とともに妻の実家仙台へ帰ったのだった。


12月30日(火)
今回、往路は高速バスを利用。早朝に新宿を出て昼過ぎに仙台に着く便。
高速バス初乗車の夫のため、念の為あしもとゆったりシートを予約。あまり第一印象が悪いと夫が「もうバスいや!」となってしまう可能性もある。今後の帰省交通費が大幅に削減できるかどうかの大事な瀬戸際なので、ゆったりシート代の1000円2000円をケチっている場合ではない。それに、そもそもゆったりシートにしたところで新幹線の半額以下だ。
幸い今回使ったバスは快適で、夫はまた使っても良さそうな様子だったので妻一安心。しめしめ。

福島あたりで車外の風景がうっすらと雪景色になり、夫ドン引き。その引きっぷりが面白くて妻は「仙台はもっと北だからきっともっと雪がすごい」といい加減なことを言っていししと笑ったのだが、実際には仙台の街中には雪などなく、妻の嘘は簡単にバレた。ちぇ。
この日は大掃除中だという友達を無理矢理ひっぱりだして(迷惑)、近所のケーキ屋で3人で与太話。うちの近所には似つかわしくないおしゃれな店だがスフレチーズケーキがすこぶるうまかった。


12月31日(水) 大晦日
目を覚ますと、外は重たそーうな雪がぼっそぼそ降っていてしかも既にがっちりと積もっていた。ひー。
夫を呼んで窓外の景色を見せると深刻にドン引き。がんばれ夫。負けるな夫。正直妻も若干引いたよ。

引き気味の夫を連れて雪の中をお出かけ。と、この時、背中に「ぽそっ」と雪が当たる感触があったので、「ん?電線から落ちて来たのかな?」と思ったら、犯人は妻の数メートル後ろでにやにや笑っている夫だった。お前か!
夫は出かける前こそ雪と寒さに引いていたものの、一歩外に出ると完全に小学生と化し、妻に雪玉をぶつけるという暴挙に出たのだった。よりによってこんなべしょっとした雪をぶつけられて、けんかを売られた妻はまんまと応戦。こうして夫と妻の年末年始にわたる大人げない雪合戦の火ぶたが切って落とされて妻の両親と弟は出かけるたびに半笑いすることになるのだった。

そしてこの日は用事が終わった後、二人で近くのスケートリンクへ。夫は人生3回目。妻はさすがにそれ以上はやっているけど、もう10何年ぶりかもわからないぐらい久し振り。
そんなにも久しぶりなのに急にスケートに行くと言い出した娘に、かじ父は「なんでまた急にスケートなんだ?」と聞くと、娘夫婦は「こないだ全日本フィギュアを見たから」とまたとんでもないものに影響されてその気になったことを暴露してまたかじ父の失笑を買ったのだった。
スケートリンクは私が小学生のころから何も変わっていなくて、ただただいたるところがボロくなって、時間の経過と お 金 の な さ を如実に物語ってた。ちなみに荒川静香さんが育ったのはこのリンクではない

昔からそうだったんだけどスケートに行くと必ず2、3人ものっっすごく上手い人がいて我々雑魚とは一線を画していたものだけど、やっぱり今回もふつーの人々の中に混じって、フィギュアのスピンを練習し続ける女の子と、優雅にフィギュアっぽいステップを練習してる女の人と、あとやたらと足の速いホッケー小僧がいたのだった。まったくホッケー小僧のスピードたるや。
その他大勢の中にせいぜい2,3人という人口も、どういうわけだか変わらない。だけども心なしか「ものすごく下手な人」がいなくなって、昔に比べてみんながふつーに滑っていたように思うのは気のせいか。


1月1日(木) 元旦
あけましておめでとうございます。
この日はかじわら家恒例の元朝参り。そして更に定義山にもお参り。
何をしに定義山かというとそれはもうあぶらあげのために他ならない。でかくて分厚いあぶらあげは定義山の名物で、たまにテレビでも紹介されるんだけど、以前たまたまテレビで見た夫は「これが食べたいよっ」とすっかりあぶらあげに心奪われて今回のお参りになったのだった。お参り?
定義山は山の上なので何と言っても雪の量が市街地の比ではなくしかもさらさらのパウダースノーで夫は「かじちゃん雪がやわらかいよ!!」とまた大はしゃぎ。五重塔の前で雪合戦という参拝中の小学生ですらやっていないことを躊躇なく始め、かじ母はかじ母で「この雪の上座れるー」と言って新雪の上に座ったはいいけど思いのほか雪がやわらかくてずぶーとはまってかじ父に助け起こされるという醜態をさらし、弟・かじ太郎はそんな両親と姉夫婦をみて「このバカップルが」とひとりごちたのだった。返す言葉がない。

家に帰って夫が「思ったんだけど我々夫婦は子供っぽくないかい?」とつぶやき妻仰天。何を今更。
かじ太郎にその話をすると「遅いわ!!」と言下に一蹴された上「旦那くんはともかくお前はとっくにオーバー30だろう」と弟にお前呼ばわりまでされたのだった。おのれ。
一方その頃夫は、半纏を着こなしすっかり着ぶくれてストーブの前で今更ながらFFⅢに興じていた。
Dscn4052
ぬくぬく。

…てか、そこまで寒くないってば!


1月2日(金)
あっという間の3泊4日は終わって、帰りは新幹線。
夫のパパママにおみやげを買って乗り込む帰りのやまびこ。とても夫婦っぽい。
そして夫と妻は年末年始あれだけ食べておきながら帰りの新幹線の中でがっちり駅弁も食したのだった。ナイス旅情。
そんなわけで二人とも丸々と肥えて年末年始の帰省おわり。夫は4日間にわたる食べ疲れでけふけふ言っていた。
夫、嫁の実家ツアーおつかれさま。うちのかしまし家族に付き合ってくれてありがとう。


それではみなさま今年もよろしく。

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2008年12月19日 (金)

お義兄さまったら

夫の弟夫婦のおうちに泊めてもらった日の話。
お嫁さん(義妹だね)が作ってくれたハヤシライスがすごくおいしくて夫と妻は感動。「おいしいねーおいしいねー」となんの遠慮もなくもりもり平らげた。
食後、お嫁ちゃんは料理が上手だねえという話をしていたらば。

弟くん 「おふくろがくれた保温鍋がすごく便利でさ、それで煮込み料理作るとすごいうまいんだよ」
夫   「ほう、つまり嫁の実力ではないと

なんていやなことを言うお義兄様だ。

しかし弟くんはにーちゃんの揚げ足取りにもめげず「でもその鍋を使いこなしてうまいこと作ってんだからあいつの力だろ?・・・ってことでどうよ」と返したのだった。
二人とも口の減らない兄弟だなあ。

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2008年12月11日 (木)

福島小町

親戚に不幸があり、急遽福島へ。先月お会いした時はとっても元気だったのに。
福島は夫のママの実家だ。行くのは2回目。
前も思ったことだけど、あちらで育ったみなさんときたら、夫の従姉妹たちは言うに及ばず、そこそこ年輩(のはず)の伯母様たちまでみんなすごい色が白くて冗談のように肌が美しい。え、何、みんな魔物?一体何食ってんの?
10年後、20年後、この魔物のように肌のきれいな人たちの中で私だけが人並みに年取ってんだろうなあと遠い将来に思いを馳せて嫁は思わずアンニュイな気分になったのだった。ああ。毛穴。この毛穴が。

そして福島は既にとっても寒くて夫はまんまと風邪をひいた。まさかほんとにここまで寒さに弱いとは。がんばれ夫。早くよくなれ。

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2008年10月19日 (日)

足ひっぱってたごめーん。

かじわらは昔、結婚できなかったら将来的には弟夫婦に看取ってもらおうと本気で目論んでいたので、かじ太郎にはさっさと結婚してほしかった。ねーちゃんより先とか後とかそんな年功序列は気にしなくてよい。
そんなわけでかじわらは、独身の友達にことあるごとに「他にいい人いなかったらうちのかじ太郎でいいじゃない!」とものすごく消極的な勧め方で力強くアピールしていたのだった。消去法でもなんでも結果的に残ればいいので結果オーライだ。大体かじ太郎はちょっと賢いだけがウリだったのに、賢いなりの人生をまるで歩んでいないのでおねーちゃんとしてはアピールのしようがない。だからあの時お役人にでもなっていればよかったのだよお前はっっ。
まあ確かに姉の目から見ても超おすすめ物件とは言えないかじ太郎ではあるけれども友達があまりにも相手にしてくれないので、「何がネック?ねえ何がネック??」と聞いたら彼女は悪びれもせず「えー。ぶっちゃけ小姑」と即答。あ、私・・・。
かじ太郎が高給取りじゃないとか、男前じゃないとか、かなりおしゃれじゃないとか、若干変わり者だってこととか、そんなことはまるで問題ではなく、私の存在。ああー・・・。(←思い当たる節多数)
しかし彼女には私の酒量やら酒癖やらこれまでの公私にわたる失敗の数々やらいろんなことがバレバレなので返す言葉がないとはまさにこのこと。

ごめんよかじ太郎。
今度付き合う彼女には酒飲みの姉がいることはギリギリまで隠しておきなさい。

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2008年9月23日 (火)

エラきょうだい

私と弟(かじ太郎)にはちょっと残念なぐらい立派なエラが付いている。
結婚式が終わった後、お互いの両親+うちの弟でプチ打ち上げをした時のこと。
かじ太郎が「俺今日おねえに似てるってけっこう言われた。どこがだよっっ」とそんなに怒ることないのにいっちょまえに文句をたれていたのでかじわらは冷静に「エラ具合じゃない?」と答えたらば夫のママがそれ聞いて超大ウケ。
あ。さてはママ 思 っ て た な 。
はいどうもエラ嫁です。

うちの親はうちの親で「かじ子とかじ太郎は小さい頃ほんとに声がそっくりで電話で聞くと親でもどっちだかわからなかった」という話をし出し、何を言い出すのかと思っていたらば「そっかー骨格が同じだから声も一緒だったんだねー」と妙に感心し合っていた。へーそんなに似てたんだ。
すると何か、今の私とかじ太郎の声の違いは喉仏分の差でしかないということなのだろうか。むー、なんて大雑把な。
そう言えばうちのじーさんとじーさんの妹は年齢も性別も超越して顔がそっくりだ。するとあそこも声の差は喉仏分の差か。
でも「将来的に母と同じ顔」はよく聞くけど「将来的に弟と同じ顔」はさすがに勘弁。

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2008年8月 8日 (金)

よくばりダディ

ちょうどかじ父の誕生日の少し前に実家に帰る用事があったので、夫と二人でプレゼントにお酒を買って帰った。

かじわら 「お父さんこれ、二人から誕生日のプレゼント♪」
かじ父  「わーうれしい!」
かじわら 「ちょっと早いけどねー。」
かじ父  「じゃ当日は何をもらえるんだろな。」

厚かましいよダディ。

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2008年7月15日 (火)

やはり違いのわからない女

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かじわらの両親が遊びに来た時に、ウェディングドレスを試着したときの写真を両親に見てもらった。
かじ母は、夫がばっしゃばっしゃとたんまり撮ってくれた写真を「わああ…(゚▽゚*)」とめずらしげにひとつひとつ目を通していたのだけど、全部見終わった時、悪びれもせず「みんな同じに見えるね(゚▽゚;)と言って返してよこしたのだった。お母さん…。
隣でかじ父は何も言わなかったけど、明らかに「よかった俺だけじゃない」という顔をしていた。

違いがわからないのは遺伝子レベルからだったか。

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2008年7月13日 (日)

ウェルカムボード

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かじ母は実は書道が趣味なので、ウェルカムボードは母に書いてもらおうと前から思っていた。

かじわら 「お母さんあのさ、結婚式の時飾るウェルカムボードをね、
       お母さんに書いてもらいたいと思っててね」
かじ母  「ふーん。なあにーそれー?」
かじわら 「あのね、式場の前なんかによく飾るんだけどね、
       新郎新婦の名前書いてゲストに“ここですよ”みたいな感じで。」
かじ母  「・・・ふうん。」(←イメージできてない。そりゃそうだこんな説明じゃ)
かじわら 「いろんなタイプのやつがあるんだけど、手作りの人もたまにいるから、
       うちはお母さんに書いてもらいたいなって」
かじ母  「そういうのって毛筆でいいの?」
かじわら 「かえってかっこいいと思うんだよね」
かじ母  「そうなんだー(^^) 私そういうのあんまり見たことないから、
       今度気を付けて見てみるね♪」
かじわら 「うん。ロフトとかに行けば絶対そういうコーナーあるから」

と、大体こういう話をしたのが5月のはじめ。


先月下旬のこと。

かじわら 「お母さん、今度こっち来る時にさ、時間あったらウェルカムボードを
       一緒に探したいんだけど。」
かじ母  「へー。なあにーそれー(^^)?」


お、お母さんっっ( ̄□ ̄;)

上のやりとりをきれーーーいになぞった。

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2008年7月 5日 (土)

駅すぱーと・夫

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かじわらの両親が仙台から遊びに来た。
いい機会なので夫のご両親とも一緒に総勢6人で式場見学。お互いの両親にも会場は気に入ってもらえたようで、勝手に決めちゃった夫とかじわらは一安心。

かじわらの両親は東京駅から式場へのアクセスを気にしていて、たまたま夫が席を外していた時に、かじ父と2人で東京駅から式場へのアクセスについて話していた。
かじわらはこっちの路線だと乗り換えなしで来れるけど駅から遠くて(①)、こっちから来ると途中で一回乗り換えなきゃいけないけどすぐ近くまで来れるよ(②)、①で駅からタクシーが一番楽かもしれないね。と、あほはあほなりに一生懸命説明。それを聞いたかじ父は

かじ父  「そうかそうか。じゃ、あとは旦那くんが戻ってきたら正確な情報を聞こう

かじわら 「(・_・)?」


おとうさん、

娘さんの情報は不正確だとでも?

そしてほんとに夫に裏取りされた。まったくもう失礼しちゃうよ。

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2008年6月20日 (金)

その点は心配いらない。

たまに「結婚式の日は何か特別な日なんですか?」と聞かれると困る。「空いてて安かったからです」という身も蓋もない答えしかないからだ。
当初結婚式は年内、できれば11月か12月初旬。とお互いの家族に言っていたので、予定を9月に前倒しするにあたっては一応相談をした。

かじわら「9月だったら空いてるし安いんで9月にしたいんだけど、大丈夫かなあ?」
かじ母 「うん、いいと思うよー。早くなる分には構わないと思う。」
かじわら「そうお?確かに年明けとかになるよりいいよね」
かじ母 「そうだよー。だっておばーさまがさー、普段はいいんだけど
     ちょっと具合悪くなると急ーに気が弱くなって
     『あたしもいつまで元気でいられるかわかんないから早くかじ子の花嫁姿を』とか
     言うからさー」

大丈夫だよ、かじばば20年以上前からそれ言ってんだから

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2008年4月23日 (水)

目印と言うには少しでかい

夫と夫のママと3人でみなとみらいでデートした。
みなとみらいに詳しいのは夫だけなので、場所を指定するよりもママがいるところに二人で向かうことに。

夫   「もしもし。今どこ?」

夫ママ「うーん。観覧車が見えるよ?」

夫   「うん、みなとみらいなら大体どっからでも見えるな。」


居場所がちっとも限定できないよママ。
無事に会えたのが奇跡のような会話だ。



Mm

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2008年4月22日 (火)

幻のハワイ航路

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結婚式は、当初「そのうち式ぐらいはできたらいいねー」ぐらいのヴィジョンしかなかった。
初めて夫のご両親に会った日のこと、夫のママはノリノリで「式はどうするの?あたしハワイでやりたい!!」と思いも寄らない素敵なことを言った。海外挙式!
そんな素敵選択肢が出てくるとは思ってもいなかったかじわらは内心小躍り。
後日、かじ母に「ハワイ挙式案が出たんだよ」と言ったらば、海外旅行をしたことのないかじ母もびっくりして同じく小躍り。

しかし私の母は言うにことかいて
「本当ー!?ハワイだったらあたしも行くー!(≧▽≦)」
と叫んだのだった。

え。お母さん今 ハワイだったら って言った?(・_・;)
よそだったら来ないつもりだったのお母さん??おかーさん花嫁の実母だよ(;_;)!!???



しかしこんな素敵な海外挙式案はあっという間にうやむやになり、むしろそんな案は最初からなかったぐらいの勢いで今、横浜を式場求めてさまよっている。
そしてうちの母はまた 「横浜だったら行くよう」 などと言って私を仰天させているのだった。
だからよそだったら来ないつもりだったのかって!!

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2008年4月 2日 (水)

四月ばかバカ

夫のエイプリルフールにかける意気込みがすごい。
昨日はあらゆる親類縁者に嘘つきまくりだったらしい。その情熱たるや。
四月ばかバカと呼んで差し支えない。使い方としては野球バカみたいな感じだ。

かじわらがまだ子供だった頃の4月1日。それは子供にとっては春休みだけれども勤めを持っている母にとってはただの平日の朝。
かじわらは寝ていた母に「おかーさん、もう8時だよ」と言ったらば
母はがばと飛び起きて見事にひっかかったが、私はこっぴどく叱られた。そんな。

夫も一度小学生のように叱られるとよい。

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